たをやめオルケスタのお告げ

「たをやめオルケスタ」の嬉々としたBolg

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「たをやめ女子デート日記」vol.15 ~女将・岡村トモ子のねこ猫ネコ充な一日 後半~ 

たをやめ女子デート日記 vol.15
女将・岡村トモ子のねこ猫ネコ充な一日

後半:女将・岡村トモ子、半生をたっぷり語る


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◎PROFILE◎
名前:岡村トモ子(おかむらともこ)
楽器:アルトサックス
誕生日:1月23日
血液型:A型
自分を一言で表現すると:熱っぽい
HP:岡村トモ子 オフィシャルウェブサイト

前半:たをやめの始まりはゴエモン君と共に


>>8月某日 18:00

渋谷ヒカリエから木場駅へ移動。
これから江東区レインボータウンFM「上野淳の東京☆夜会」に出演するのです。

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レインボータウンFMの前でポーズを決めるトモ子


レインボータウンFM木場スタジオの隣は喫茶店。
パーソナリティの上野淳さんとお茶を飲みながら打ち合わせをしました。
放送中にたをやめオルケスタの新譜「緞帳プレリュード」から3曲程かけていただく
ことに。やったー。

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アイスの乗ったコーヒーゼリーうまー!


毎週土曜19:00-20:00に放送される「上野淳の東京☆夜会」は、ミュージシャンや
歌手の他、女医さんや芸人さん、俳優さんや噺家さんなどが呼ばれて時事ニュース
などを交えつつトークを楽しむ賑やかな番組。

この日のゲストは歌手の知里さん、歯科医の青山智美さん、そしてたをやめオルケ
スタの岡村トモ子とすず奴、と女だらけ。賑やかだったなー。

上野淳さん、ありがとうございました。

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収録直前の様子


>>8月某日 20:30

収録を終え、高田馬場へ。
高田馬場といえば岡村トモ子。岡村トモ子と言えば高田馬場。
以前、トモ子は東京ナイロンガールズで取材されたことがある。

女子19人ビッグバンドのリーダーと雨の日デート 岡村トモ子 × 高田馬場

3年前の岡村トモ子の写真やインタビューが載ってますので、このたをやめ女子
デート日記と比較しながら読んでいただけると一層面白いかと。

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東西線にたたずむ


そう、たをやめ女子デート日記は、東京ナイロンガールズのデート記事を真似て
始めたのです◎
読み比べると、インタビュアーとインタビュイーの距離感、視点やテーマの違いが
分かって面白いな。しみじみ。

東京ナイロンガールズのインタビューから3年、トモ子はどう変わったでしょうか。
もしくは変わらなかったでしょうか。

円らく 高田馬場荘にて皆さま待望のインタビュー、やりました。

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古民家を改造した"円らく 高田馬場荘"。落ち着きます


どうしても姉と同じが良くて、アルトサックスを始めた

-- 楽器を始めたきっかけは

私、お姉ちゃん大好きっ子だったんです。
小・中学生のとき、姉が入ってるからって理由で姉と同じクラブ活動に入る
のが恒例になってて。小4がデザインクラブ、小5が編み物クラブ、小6のと
きは姉がもう卒業してたから、何故か器械体操クラブ。(!)
中学に入ったら、姉が吹奏楽部でアルトサックスやってたから吹奏楽部に。
習い事も真似してました。スイミング、ピアノ、習字、バレエ、公文。

母親から違う楽器にしたら?って言われたんですけど、どうしても姉と同じが
良くて、お年玉貯金で20万円くらいの楽器を買いました。姉と全く同じモデル。
運動ができなかったから水泳とバレエは辞めたけど、習字と塾とピアノは一生
懸命やりました。習字は書き初め大会を連覇するくらい頑張りました。

-- 吹奏楽はいつまでやってたの

中・高の六年間。今考えると、楽器の技術的にはためにならなかった。
吹奏楽部って閉ざされた世界で、その学校のしきたりとか練習法とかあるから。
腹式呼吸は壁に空気椅子してやるみたいな変なしきたり。
結果、人並みには吹けたけど、大学から始めた人と比べて特にアドバンテージ
があるわけでも無いなって思った。

-- 吹奏楽という世界を知ったくらい?

そうですね。クラスに友だちがいなかったから吹奏楽の同士がいるっていうの
は支えでしたけど。一緒に頑張ってる人がいるっていう。

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ほろ酔いインタビュー


-- そして大学進学に合わせて上京するんだね

本当は東京の服飾の専門学校に行きたくて。でも専門学校なら地元の近くにも
あるからって親に反対されて。六大学なら東京行っていいって言われたから
頑張って勉強しました。
当時の成績が、一学年280人の中で270番台。それくらい成績が悪かったんです。
父も六大学は無理だろうってことで条件にしたと思うんですけど。

-- 早稲田大学に行きつつ夜間で文化服装学院にも通って、忙しかったね

大学は好きに授業受けて好きに卒業して、みたいな自由な学部だったので。
でももちろん一生懸命やりました。サックスも習ってバンドも始めて。
中南米研究会(※1)に入って、自分が下手でソロとか出来ないのが恥ずかしくて
嫌だったんです。

ジャマイカ人ってヘタウマなんです。リズム感がすごくいいから楽器が下手でも
めっちゃグルーヴしてる。当時の日本のスカバンドの管楽器奏者って楽器も上手
くないしリズムも消化しきれてないからただの下手、そんな世界。それが嫌で。
とにかく自分が下手ってことが分かったから、上手くなりたくてレッスンに
通い始めました。

-- 中南研にいながらジャズ研出身の先生(向井志門氏)に習ってたんだね

師匠には習い始めたときから「バンドをとにかく大切にした方がいい。最後はバン
ドだよ」って言われてました。最近職業ミュージシャンと多く接するようになって、
職業ミュージシャンっていうのは「どこに行っても誰の代わりでも完璧にできる人」
なんだと分かりました。そういう人って必要ですけど、数人でいいじゃないですか。
そして音楽の発展に貢献はしないだろうと思うし。

向井さんの弟子ってみんな学バン生(※2)だから、私は異色でした。学バン生
は卒業したら楽器やめちゃうし。私は学バン生じゃないし、卒業しても頑張って
たし、弟子っぽく師匠の仕事の現場に張り付いたりもしてなかったから、卒業後
は自分で自分の世界を作らなきゃ、と思うようになりました。

-- レッスンは4年間通ってたの?

そうですね。月2〜3回を4年間。もともと習い事や練習に真面目だから、すごい
速度で教本をこなしてたんですよ。

※1)早稲田大学のスカやレゲエを学ぶサークル。現在活躍する数々のスカバンドを輩出している
※2)早稲田大学ハイソサエティオーケストラのような、大学のサークルが運営する学生ビッグバンド
に参加する学生のこと


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飛ぶねこを受け止めるトモ子


万能感、挫折、そして音楽を職業に

ダブルスクール、サークル、バンド、そしてレッスン。
様々な活動に一生懸命になる一方で、「メランコリー」とペイントした白い
コンバースを履いて「メランコリーを踏む」という哲学的なファッションを
実践したり、手作りのピンクの豹柄のスーツを着てフランス人教師に目をつ
けられて辞書を投げられる、など、かなり個性派だった岡村トモ子のキャン
パスライフ。

-- 大学生活はどうだった?

大学で良かったのはサークルでバンド活動を知ることができたのと、頭のキレ
てる素敵な人に出会えたこと。つっぱって変な格好とかしてたから学部では
全然友達ができなかったけど「陰口叩かれてもいいもん!」って思ってた。
奇抜が格好いいと思ってた時代。

私、大学卒業するまで、自分のことを天才と思ってたんですよ。
私は何でも知ってるし、めっちゃ勉強して優秀な点数で大学も合格したから
「後輩に向けてメッセージ書いて」って高校から頼まれて天狗になったりして。
実際、ものすごく考えたり見聞きしたりして耳年増になってた。

-- 遅れて来た万能感(笑)。そしてシャネルの内定を断って事務職に就く、と

卒業して事務職の契約社員になったとき、めっちゃ怒られたんですよ。
「仕事はできるけど人の話を聞かなかったり、聞く態度が悪い。そして周りに
大切なことを言わない」って。それまで自分は天才だと思ってたけど根本的な
コミュニケーションができない面が露呈して。コミュニケーションって私には
面倒臭くて恥ずかしい作業だけど、一般的には基本的なことだって気付いて。
一年くらいで「ほんとに私何もできない、知識があっても人間力がない」って
打ちのめされました。

-- 天狗の鼻が折れて、そして音楽の仕事を始めたの?

22歳のときOLの仕事は辞めました。
自分で自分に責任を負える仕事なら何でもいいと思って、たまたま音楽は
ずっとやってたし、仕事になる機会も増えてきたから、音楽でやって行こうっ
て決めたんです。
ぶっちゃけて言うと占い師でも、板前でも、塾の先生でも良かったんです。
自分が責任を持って相手と向かい合える職業なら何でも良かった。

-- そして歌舞伎町で演奏する仕事を初めたんだよね

サックスを吹くとはいえ、自分が夜の街で働くなんて思っても無かったし、
私は夜の女だ、汚れ者だって毎日泣きました。打ちひしがれてました(笑)

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飛ぶねこを受け止めるトモ子・その2


音楽はエゴで娯楽だからこそ、ふらふらしちゃいけない

-- 音楽の仕事が軌道に乗ったのはいつ頃?

歌舞伎町の仕事は期限を設けたんです。2年で軌道に乗らなかったら考え直そうって。
音楽以外の収入は一円も受け取らないって決めてOLを辞めたので、極度の貧困に
陥ったんですけど、歌舞伎町の仕事を始めて一年でナンバー1になって、稼いでま
したねー、あの頃は。その一方でサックスの仕事も軌道に乗ってきて。

当時やってたスカバンドはサラリーマンのメンバーが多かったから「今頑張りたい」
っていう私と「長く続けたい」っていう彼らのスタンスの違いがあってメンバー
をクビにして解散。その後やった”トロピコラウンジ”も「生温い!」って思って
すぐ解散(笑)相当うらまれました(笑)

その頃たをやめを結成して、私の全部を注ぎ込もうって思いました。24歳のとき。
勢いのままひた走ってたら音楽の仕事も増えて、目標通り2年で歌舞伎町も卒業。

-- 楽器や音楽が好きで音楽の仕事を始めたわけじゃないのによく頑張れたね

もちろん好きですよ。サックスも音楽も。大好き。
ただ、とにかく何かをひたすらやって極めたいんです。
サックスも出来ないことがあるのが嫌だから練習する。上手な音楽がやりたいわけ
じゃないけど、出来ないまま続けるのは嫌だしカッコ悪い。出来ていたい。
そして自分が必死に一生懸命になれるものがないと困る。

-- じゃぁ自分が極めた!って納得できるまで続けるのかな

楽器における将来像は無いです。今100%やりきることが大事。音楽ってエゴ
だし娯楽だし、無くても社会って成り立つから、最初はすごく悩みました。

九州のソロツアーを初めたのも結局エゴだし、色んなネットワークをこじ開けて
無理矢理始めたから、えげつないことしてるなって思ったりもしたけど、ソロ
ツアーを初めて一番感じたのは、音楽って微妙な立ち位置だからこそ、ふらふら
した気持ちでやると逆に迷惑がかかるってこと。それと、自分が振り切って、
それを観たい聴きたいと思う人が集まる場所が出来るっていいことだなって思った。
音楽性も重要だけど、副産物として産まれる”場所”が大切だなって。
自分のやりたいことをやり続けるしかないし、中途半端にやるんだったら転職した
方がいいと思う。

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文化服装学院に通って取得した技術を活かしてパターンから起こして手作りした緞帳ワンピース。
メンバー18人分、全部手作り。すごいです◎



たをやめのアルバムを3枚、必ず出す

-- 1〜3年くらいの短いスパンでの目標を教えて

たをやめのアルバムを3枚、必ず出す。あと2枚。
バンドっていつか解散するし、建築とか書籍みたいに未来永劫残るものではない
からだらだら続けたくない。私の中にある3部作の構想を必ず達成する。

メンバーあってのバンドだから、メンバー一人一人のモチベーション、やる気、
エネルギーを見逃さずあと2枚しっかりしたアルバムを、2〜3年で作りたい。
そして区切りをつける。それまでは今のペースで駆け抜けたいですね。
みんなも今、モチベーションが上がってるから、2〜3年一緒に走るのはいい
チャンスだと思うし、みんなの気持ちが向く限りは一緒にやっていきたい。

たをやめを初めて4年半、積もりつつあるバンド愛。いい状態になったなと。
色んな事件や悲しいこともあったけど、それらが積もって今がある。
みんなが愛おしい限りです。これまでのバンドは私一人が爆走して他のメンバー
がついて来るって感じだったんですけど、たをやめはみんなと一緒に走ってる感
が大きい。

-- 2008年の結成当時、こうなるとは思わなかったよね

当時は私もきちんとバンド像を描けてなかったし、ただ女の人とバンドをやって
みたいっていうので始めたら「こんな化学反応が!」みたいな。めっちゃ面白い。
音楽なんて出し尽くされてると言われる世の中で、この形態の音楽を続けるって
大事。このまま突き進みたいですね。

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渋谷タワーレコードの「緞帳プレリュード」特設コーナー♡


-- 「緞帳プレリュード」レコーディングとリリースを通じて、バンドも変わったよね

当初は自費でリリースする予定だったからリスクもあったけど、時間も労力も惜
しまずレコーディングをやれて良かったと思います。
レコーディング中に感じられた一体感、最高に嬉しかった。

-- たをやめがアルバムを3枚出して解散したとして、女子バンドはまたやると思う?

やると思います。
音楽的な女性らしさ、女の人じゃないとできない旋律、創作物ってすごくあると
思うんです。男の人って研究肌でマニアック、女の人って感覚肌で感情的なとこ
ろもあったりする。圧倒的に女好きになりました。女の人と音楽をやる素晴らし
さを知りました。昔は自分が紅一点じゃなきゃ嫌だったけど、それが夢のよう。


たをやめは音楽界の宝。一人一人がまじ宝。

-- 岡村トモ子にとってたをやめは何ですか

音楽界の宝ですね。一人一人がまじ宝。
みんなの音楽に対する姿勢、バンドに対する姿勢がすごく純粋だし曇り無き眼
(まなこ)。技巧的なフィルターもかかってないし。それぞれセンスも好きな
ものも違うけど、みんなが結集したたをやめという場で、私一人がみんなを導く
のではなく、みんながいた結果、素晴らしいビジョンが生まれた。
尊いなと思います。みんなすごい。自分も一員みたいな感じでワーイってやって
ます。

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まじ宝なやつら


-- まみサッコは「おばあちゃんになっても続けたい」って言ってたよ

今のたをやめらしさはあと2〜3年で終わる、終えるべきだと思うし、3枚アルバ
ムを出したときに、たをやめ第二部が始まるようなビジョンやイメージがあれば
それに向かっていけるけど、無ければ一回解散した方がたをやめらしいかなと。
たをやめが好きだし愛してるし無くなったらポカンとすると思うけど、私は続け
ることに固執はしないと思います。
みんなが40代になり50代になり還暦になり・・還暦くらいだったらかっこいい
バンドになりそうですね。

ファンの人がいてくれて、全国展開できて、たをやめというものが少しでも多く
の人に知れて、生音の音楽が少しでも盛り上がってくれたら。生音の音楽が盛り
上がってる国っていいと思うから、日本ではなぜか生音が盛り上がってるらしい、
ってなったらいいな。生音は温かみもあるし耳に優しいし。東京から発信できた
らいいですよね。あらゆる産業について、生感のある仕事がもっと盛んになると
いいのにな。

-- 岡村トモ子にとってリーダーとは

中心となってみんなを床下からもり立てていくポジション。みんなに助けられた
から、常に恩返しできたらなって思ってる。

-- 少し距離を置いてバンドを見てる感じがあるね

最初はもっと離れてました。何が起こってるか分からないっていうか。
最初の頃はどうしていいか分からないし、こうなったらいいのにっていう思いと
現状が離れすぎて傍観してたっていうか。こういうのやりたいわけじゃないのにな、
と思いながら色んなチャレンジ要素を提示していって、ちょっとずつ近づいて
今の距離感になった。かつて無い程バンドと自分の距離は近いけど、闇雲に
がむしゃらにって感じでは無いです。

-- ずっと一生懸命考えてきたからかな。いい距離感だと思う

メンバーには、自分の音楽を持ち寄って同じ目標をもって同じステージを楽しん
で欲しいって思ってるし、お客さんにもメンバーみんなのことを知って欲しい。
だから裏方っぽい視点でバンドを見てるってのもあるかも。

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THE ポッシボーのライブで豪快なソロを吹くトモ子


>>8月某日 24:00

24:00、高田馬場で解散。

前半でも書いたけど、私はトモ子と話す機会が多いので彼女のことを多少は知って
いるつもりだった。でも”サックスが好き”、”音楽が好き”のような「好きが高じて
音楽を仕事に選んだ」訳じゃないってことは知らなかった。
びっくりした。改めて、喰えない女だな、と思った(笑)

そして改めて、トモ子は真面目で自分に厳しい人だなと思った。
噂によると、トモ子のサックスレッスンはスパルタらしい。
自分に厳しくて、その厳しさで人生を切り拓いてきたからこそ、生徒さんにも厳し
く指導するんだろう。
厳しい指導にはもれなく上達がついてくる。めきめき上達したいサックス奏者の
貴方、ぜひ岡村トモ子のレッスンを受けてみてください。

そんなPRはさておき。

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ネコ充デートその参 〜帰り道で出会った猫♡〜


トモ子は「豊かな感性と才能、創造意欲を持ち、志高く、常に新しいもの楽しい
ものを創造し続けるべく自分を鍛える努力を怠らない」人だ。
これって、”天才”と呼ばれる人を表現するときに使われる言葉な気もする。

・・・天才なのかな(ゴクリ

天才かどうかはともかく、私を含めたたをやめメンバーの全員が、彼女の曲や歌詞
やアレンジが好きで、演奏してて楽しくて、一緒にいるとワクワクしている。
きっとお客さんにも、その楽しさが伝わっているんじゃないかと思う。

たをやめがどう変わっていくかは誰にも分からない。私にもトモ子にも分からない。
もしかしたら3年後、3枚アルバムを出してバンドを解散させたトモ子が「手弱女党」
なる政党を立ち上げて出馬、政治の世界に入っているかもしれない。

冗談みたいな話だけど、それくらいの振れ幅がトモ子の中にある。
器のデカイ女です。

一緒に音楽ができて幸せです。いつもありがとう。
今後のトモ子の活動も楽しみにしてます。応援してます◎

皆さんもぜひ、変容し続けるたをやめの”今”を、ライブに来て感じ取ってください。

たをやめオルケスタのライブスケジュール

◎おまけ◎
デートの翌日に横浜ブリッツで行われたTHE ポッシボーのライブに、たをやめ
ホーンズがサポート出演しました。
ライブ当日の楽屋の模様をちょこっとだけ動画にまとめました。観てね◎


女将・岡村トモ子の楽屋な一日


前半:たをやめの始まりはゴエモン君と共に


                     取材:すず奴
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